大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(行ツ)127号 判決 1988年10月21日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

日本国憲法は、国会を衆議院及び参議院の両議院で構成するものとし(四二条)、各議院の権限及び議員の任期等に差異を設けているが、その趣旨は、衆議院と参議院とがそれぞれ特色のある機能を発揮することによって、国会が公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにある。そして日本国憲法は、参議院議員の選挙についても、その制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであるが(四三条二項、四七条)、公職選挙法は、憲法の右の趣旨に則り、参議院議員については、国民代表としての実質的内容ないし機能に衆議院議員とは異なる独特の性格をもたせるべく、参議院議員を全都道府県の区域を通じて選挙される比例代表選出議員と都道府県を単位とする選挙区において選挙される選挙区選出議員とに区分し、前者については実際上職能代表的な色彩が反映されるようにし、後者については都道府県を基盤とする地域代表の要素を加味しようとする趣旨で、参議院議員の選挙制度の仕組みを定めており、また、議員定数については、その総数二五二人のうち、前者に一〇〇人を、後者に一五二人を配分し、憲法が参議院議員は三年ごとにその半数を改選すべきものとしていることに応じて、後者について各選挙区を通じてその選出議員の半数が改選されるように配慮し、四七の各選挙区に各二人を均等に配分した上、残余の五八人にあっては人口を基準とする各都道府県の大小に応じて比例する形で二人ないし六人の偶数の議員を付加配分しているのである。以上の仕組みを考えれば、参議院議員の選挙については、衆議院議員とは異なる代表性格をもたせるため、人口、選挙人数を基準とするのみでは十分に代表されない国民各層の種々の利益をも多面的に代表させる仕組みとしているのであって、かかる仕組みは、両院制の下における参議院の性格にかんがみれば、国民各自、各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させるための具体的方法として合理性を欠くものとはいえない。

参議院議員選挙について以上のような選挙制度の仕組みを採用した場合には、選挙区選出議員の選挙において各選挙区の議員一人当たりの選挙人数にある程度の較差が生ずることは当然であり、そのために選挙区間における選挙人数の投票の価値の平等がそれだけ損なわれることになったとしても、これをもって直ちに議員定数の配分の定めが憲法一四条一項等に違反して選挙権の平等を侵害したものとすることはできないといわなければならない。すなわち、右のような選挙制度の仕組みの下では、投票価値の平等の要求は、人口比例主義を基本とする選挙制度の場合と比較して一定の譲歩、後退を免れないのである。また、社会的、経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口の異動につき、それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるかなどの問題は、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要求するものであって、その決定は、右の変化に対応して適切な選挙制度の内容を決定する責務と権限を有する国会の裁量にゆだねられているところである。したがって、議員定数配分規定の制定後人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が拡大するなどしたとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等を生じさせ、かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正するなんらかの措置をも講じないことが、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係ることを考慮してもその許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。

以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁)の趣旨とするところである。

本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、本件議員定数配分規定につき人口の異動に対応した是正措置が講ぜられなかったことにより、昭和六一年七月六日の本件参議院議員選挙の当時においては、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が最大一対五・八五に拡大していたというのであるが、選挙区選出議員の議員定数の配分と選挙人数に右のような不均衡が存したとしても、それだけではいまだ違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするに足りないというべきことは、前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかであり、したがって、本件選挙当時においては、いまだ本件議員定数配分規定が憲法に違反するに至っていたものとすることはできない。

以上と同旨の原審の判断は、正当であって、所論引用の判例に違反するものでもなく、原判決に所論の違憲、違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官奥野久之の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野久之の反対意見は、次のとおりである。

私は、本件選挙当時において本件議員定数配分規定が憲法に違反するに至っていなかったとした原判決を正当とし、本件上告を棄却すべきものとする多数意見に賛成することができない。その理由は、次のとおりである。

一 代議制民主主義体制をとる憲法の下においては、代議員たる国会議員を選出するための投票権が平等に与えられ、かつ、これを自由に行使し得ることが何よりも重要であり、投票価値の平等は憲法一四条一項及び四四条但し書を待つまでもなく、最も基本的な要請であるといわなければならない。

一方参議院選挙区選出議員の選挙につき、現行のように各都道府県を選挙区とした場合には、都道府県のもつ社会経済上の特殊の地位と、憲法四六条による半数改選制度とにより、完全な投票価値の平等を実現することは、中選挙区単記投票制が採用されている衆議院議員選挙の場合以上に困難であることはいうまでもない。しかし、投票価値の平等が憲法上の要請であることからすれば、選挙区間の投票価値の較差は、いかに非人口的要素を考慮しても、最大一対五程度を限度とすべきである。したがって、較差がこの程度にとどまるときは一応右要請は充たされているものとしてよいが、これを超えるときは、投票価値が過大又は過小となっていることについて特殊な例外とみなければならないといった特別の事情がない限り、投票価値の平等は実現されていないものというべく、このような不平等状態が合理的な相当の期間内に是正されないときは、議員定数配分規定は憲法に反するに至るものと考えられる。

二 本件において原審が適法に確定したところによると、本件選挙当時、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数に最大一対五・八五の較差が生じていたというのであるが、右のような現状が投票価値の平等の要請を充たしているものとは到底いいがたく、また、このような較差を生じていることにつき何らかの特殊な事情があることも明らかにされてはいない。

しかも、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差が一対五を超える状態は、昭和四三年七月七日施行の選挙で一対五・二二となったのを始めとして、同四六年六月二七日の選挙当時一対五・〇八、同四九年七月七日の選挙当時一対五・一一とやや改善されたかに見えた時期もあったものの、その後は同五二年七月一〇日の選挙当時一対五・二六、同五五年六月二二日の選挙当時一対五・三七、同五八年六月二六日の選挙当時一対五・五六、同六一年七月六日の本件選挙当時一対五・八五と拡大の一途を辿っている。なお、この間、参議院地方選出議員の議員定数の配分を定めた公職選挙法一四条、同法別表第二の規定については、沖縄の復帰に伴う関係法令の改廃に関する法律(昭和四六年法律第一三〇号)により、沖縄県選挙区が設けられ議員定数二人が追加されたのと、同五七年法律第八一号による公職選挙法の改正により、同五八年施行の選挙から、従前の地方選出議員が選挙区選出議員となったのと、二回改正が行われたが、そのうち前者は従前の議員定数配分を変更したものではないし、後者も名称の変更にとどまり、都道府県を単位とする選挙区ごとに、同法別表第二による定数に従い選出されることは同じであるから、右不平等状態の拡大傾向は右二回の改正の前後を通じて何ら本質的に変化はないのである。そして、本件選挙に至るまで、最大較差が初めて一対五を超えた昭和四三年の選挙時からは一八年、同五二年からでもすでに九年を経過しているのであるから、いかに是正の作業に困難を伴うとしても、もはや是正のために許されるべき合理的期間を過ぎていることは明らかであろう。

したがって、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の投票価値の平等の要求に反し違憲と断ぜられるべきものであったというほかないが、同規定の違憲を理由として本件選挙を無効とすることにより生ずる著しい障害を回避すべき公益上の必要性があると考えられるから、本件については、行政事件訴訟法三一条一項に示されたいわゆる事情判決の法理を適用し、主文においてその違法であることを宣言するにとどめ、選挙の無効を求める請求はこれを棄却するのが相当である。

三 以上の次第であるから、前述したところと異なる見解の下に本件選挙を適法とし、上告人の請求を棄却した原判決には、憲法の解釈、適用を誤った違法があり、本件上告はその限りにおいて理由があるから、原判決を変更して前記の趣旨の判決をすべきである。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭 裁判官 奥野久之)

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